創刊号で小林エリカさんに描いてもらったマンガにはモデルがいる。中学時代の同級生だ。マンガのなかで、泳いで無人島に渡るのはふたりだが、実際はぼくのほかに仲間が4人いた。彼らとはしょっちゅう一緒に遊んでた。海辺でキャンプしたり、夜中に小学校のプールに忍び込んで騒いだり、仲間のうちのひとりの部屋で深酒し、彼のお母さんにバレて「もうしません」と念書のようなものを書かされたこともある。ホントにいい友達だった。でも、別々の高校に進学してからは彼らともほとんど会うことなく今に至っていた。
11月7日、月曜日。夜、オカダくんに会いに行った。オカダのタッちゃん───中学で一緒にバレーボールをやり、ギターをおぼえ、海外の短波放送を聞き、サザン・オールスターズのコンサートに行き、無人島に泳ぎに行った当時の親友だ。まともに話をするのは20年ぶりぐらいだろうか。タッちゃんは顔も声も体型もほとんど同じで、ちょっと天然がかった髪も黒々として、当時とそれほど変わってなかった。元浜のWombで1時間ほど話した後、夜も10時近いというのに一緒にアキラの家に行った。「もうしません」の念書を書かされたオバちゃんの息子である。彼と会うのは実に27年ぶり。アキラも全然変わってなかった。始終、しゃべりまくるところまで。
短波放送でカードをもらってた話に花が咲いた(当時そういうのが流行してました、たしか「ベリーカード」とかいって)。その次にギターの話。当時、タッちゃんは「モーリス」のギターのパチもんの「モラレス」というギターをもっていた。その後、彼は20万円もするヤマハのギターを買ったそうだ。しかも、数年前にかの「ギブソン」のギターまで買ったという。実はぼくも数年前に3万円でセミアコースティックのギターを買って、ポール・ウェラーとかエルビス・コステロの曲をコピーしたり、教則本でブルースを勉強したりしていた。俄然、嬉しくなった。彼のギブソンに、「こりゃあ、バンドの結成かあ?」と期待した。40歳を過ぎてのバンド結成、悪くないんじゃない?
「で、どんなん弾いてるん?」とぼく。
「最近よう弾くんはな、H2O」
「……………」
「あとは、さだまさしの『秋桜(コスモス)』。あれ、ほんまにええ曲なんじゃ。うちの嫁さんに『アホじゃねん?』って言われるけど、あれ弾きょうったら涙出てくるんじゃ」
モラレスから名器ギブソンに進歩しても、結局弾く曲は中学生当時となんら変わらないのである。彼のあまりの純粋さに少々感動しながらも、「クレープ結成してどうすんの?」と心のなかでホロロの涙を流した児島の夜。
今回は写真ナシ。タッちゃんには2月発行の次号「krash people」に登場してもらうことになった。この男、バレー部でぼくと人気を二分したかなりの男前。期待してよろし。倉敷の滞在日数10日。