新・不定点観測

赤星豊

vol.15 知の巨人に会う

 丸亀に行ってきた。能勢伊勢雄氏に会うためである。能勢伊勢雄───岡山在住の、とにかくいろんなところで名前を耳にするマルチなクリエイターで、ライブハウス「PEPPER LAND」のオーナーでもある。『タウン情報おかやま』のスタッフから何度かメールをもらっていた。「能勢さんを紹介したいんですが」と。そうしたら、ついに能勢氏から電話がかかってきた。丸亀で個展をやっているので、見に来てくれないか、云々。「え、なんでぼくの方から丸亀まで?」と正直に思ったことを言えないのがぼくという人間だ。ふたつ返事で、「わかりました。行きます、丸亀!」。

 丸亀には猪熊弦一郎美術館という素晴らしい美術館がある。箱も企画もスーパーだ。能勢氏の個展はその美術館からすぐのところにあった。約束の2時より少しはやめに着いたので、軽い気持ちで個展の作品を拝見と───ヤバい……。ヤバい、ヤバい、ヤバい、絶対にヤバい! この人、ハンパじゃなくインテリだ。展示は「遊図」と名づけられていて、あらゆる(難解な)分野、たとえばフランス哲学とか宇宙論とか中国史とか脳科学とか、ぼくの人生に縁もゆかりもない分野を紐解いたメモや系図で埋め尽くされたその紙切れを展示しているのである。書いてることは99パーセントちんぷんかんぷんだ。「サンチマン」とか「ハイデッガー」とか「ブルトンの認識」とか、ああ目が回る、クルクル回っとる。
 能勢氏が入り口から入ってきた。60歳を目の前にしているとは思えない若々しさ。白髪に縁ナシの眼鏡をかけて、なんか「知のオーラ」みたいなもんが出まくってる。って、ダメだ。会った瞬間に降参してる、おれ。
「展示を見てやってください。奥にいますから、見終わったら声をかけてください」
 もう終わってるよ。というか、見てもわからんし。ぼくは作品にただ目を泳がせながら時間をつぶした。時間の流れが遅い、遅い。それでも辛抱強く10分ほど待って、奥をのぞいた。「どうも、終わりました。じゃあ失礼します!」と言って帰れたらどれだけ幸せだろう。ぼくは観念して能勢氏の座っているソファの横に座った(向かいにはギャラリーの方がいましたので)。
 能勢氏は30分以上にわたって、これまでどんな活動をしてきたか、どんなメディアに作品を寄せてきたかを語った。「ほお、そうですか」、「スゴいですね」、「面白そうですね」、「え、そうなんですか?」といろんな合いの手の入れながらぼくは話をただただ聞いていた。そして、話が終わった。そして、束の間だが永遠とも思える沈黙───。ぼくは身を引き絞るように自分の話をはじめた。はじめたはいいが、1分もすると話が終わりかかっている。もっと話すことはないのか? ぼくが子供の頃に丸亀に住んでたこととか、いや、この際オトンとオカンの話でもした方がいいのか? ああ、ようわからん……。で、ぼくの話は終わった。2分ぐらいで。
 結局、1時間ぐらい一緒にいた。ときどきわからないカタカナ言葉があったが、そう難しい話はしなかった。将来的に何か一緒にできたらいいね、という感じで結んだ意義のある会合だった、と思いたい。ふうっ、疲れたよ、おいら。