新・不定点観測

赤星豊

vol.13 ウラくんは冷たいか?

 引越しがこんなに大変だとは思わなかった。もちろん初めてだったわけじゃない。というか、人よりも経験した回数は多いと思う。なのになぜだろう、年を重ねてモノが多くなってしまっていたのか。今回は本当にシビれた。

 昨日は昼間もまったく用意に手をつけないまま、番長とイデちゃんに誘われて夕方から有楽町に映画を観に行った(韓国映画の『グエムル』、最高でした!)。夜は夜で彼らと沖縄料理を食べに行った。以前にも書いたけど、昨年の東京での創刊パーティを企画してくれたのがこのふたり。ぼくの倉敷での活動を東京からずっと応援してくれていた。こんなにいい友達がもてたというだけでも、マガジンハウスで仕事をしていた甲斐があった。

 午後3時。引越し屋のお兄ちゃんたちが帰ってひとりになった。さっきまでモノであふれていた部屋が無の状態だった。本当に無、なんにもなし。引越しで荷物が運ばれたというより、借金のカタとして業者に根こそぎ持っていかれたような気分だ。気を抜くと、いつまでもそこで座ってぼおっとしてそうだったので、シャワーを浴びることにした。チクチクするような熱いやつを頭から浴びたかった。石鹸で顔を洗っているときだった。唐突に胸のあたりでなにかがあふれるような感じがして、2秒もしない間に涙が出てきた。結構な時間泣いた。シャワーを出しっぱなしにしたまま。泡だらけの手で顔を覆って。

 飛行機の時間までにはまだだいぶんあったので、ここ数日でこのコラムに2度登場しているウラくんの美容室に髪を切りに行った。ウラくんは、「美容室に遊びに行っても相手にされなかった」とか、「別れがあっさりしていた」というような表現に不満をもっていて、「ぼくがすごく冷たい人間みたいじゃないですか」としつこく訴えてくる。「実際そうじゃないか」と言うと、ウラくんは福井弁のなまりたっぷりでこう言った。
「だって、赤星さんがもういなくなるって思えないんですよね」
 隣で奥さんのエミさんとスタッフの小林さんがうなずいていた。彼らがどう感じているかなんて深く考えたことがなかったけど、なるほどうなずける。あまりしょっちゅう会っている人間が、ある日突然いなくなるというはなかなか受けいれられないもんだ。友達のトクオが死んだとき、ぼくがそうだった───って、オレは死んじゃいないぞ。
 髪を切り終わって、店の表でウラくんとふたりでタバコを吸った。すぐ道の向かいにタコス屋さんが見える。そのタコス屋は、4年ほど前までセレクトショップだった。
「あのショップ、名前はなんだっけ?」
「<ORIBE>です」
「そうだ、<ORIBE>だ。(店員の)オノちゃんとはよく一緒に遊んだよな」
「今でも年に1回ぐらい来るんですよ、いまはかなりのロン毛です」
「へえ、会ってもわからないかもな」
「あの頃はこのあたりもお店なんてほとんどなかったですよね」
「そうだよな、このあたりもずいぶん変わったね」
「はい、変わりましたね」
 タバコ1本分の時間を一緒にして店を後にした。ウラくんはやっぱり別れを惜しむという風でなく、最後までごくごく普通だった。でも、それでいいんだよ、ウラくん。