新・不定点観測

赤星豊

vol.10 東京に出た理由

 今朝、シャワーを浴びていたときのこと。家の電話が鳴った。オトンは朝起きたときからいなかった。ということは、電話をとれるのはオカンだけ。「新・不定点観測」から読み始めた人にはここで解説が必要だろう。うちのオカンは2年前に脳梗塞を患った。以来、右半身が不自由で、言語にも障害がある。脳梗塞からうつ病にもなった。最近はこのうつ病が良くなってきていて、以前は電話をとるなんてありえなかったけど、今ならやりかねない。現にこの夏、ぼくが家に電話したときにはオカンがとった。このときも、電話に出る可能性は十分にあったのだ。
 呼び出しの音がやんだ。切れたのか、オカンがとったのか。全身泡だらけのまま耳をすます。声が聞こえない。どうやら切れたみたいだ。ほっと胸をなでおろし、シャワーでカラダを流し始めた。そのとき、いきなり後ろのドアが開いた。
「な、なによ?」
「あんた、電話よ」
 とても出られる状態じゃなかった。
「悪いけど、子機をとってきてくれるかな?」
「わかった、子機な」
「そう、電話のすぐ横に置いてるから」
 カラダを洗い流し、オカンが電話をもってきてくれるのを待ったが、いっこうに現れない。ぼくは全身びしょびしょのままバスタオルをカラダに巻いてリビングに行った。オカンが電話機と格闘していた。電話線をちぎらんばかりに親機を両手にもって引っ張っている。
「オカン、それ、親じゃけん」
「あ、ああ、そうなん?」
 オカンにものを頼むと、たいていがこんな具合だ。このときは笑えたけど、とても笑えないときもある。どっちかというと、笑えないことの方が多い。急いでいるときに、この手のとんちんかんなことをされるといらだったりもする。いらだつ自分自身に歯がゆさもおぼえる。なんで優しく見てやれないんだと。介護は自分との戦いでもあるのだ。

 倉敷に帰って親と同居を始めて1年半、最近思い出したことがある。ぼくがなぜ東京の大学に進学したのか。ぼくは家を出たかった。両親と離れたかったのだ。

 東京に出てからの両親との関係はすこぶるよかった。怒られたこともないし、けんかになったことも一度もなかった。ものすごくいい関係だった。それが、家に帰ったことで微妙に変化し始めている。オトンとオカンがやけにぼくに気をつかう。それが居心地が悪くて、ついイライラしてしまう。何日か前には、自己嫌悪でヘコんでしまうような大人げない言葉をオトンにぶつけてしまった。オトンはアニキの方が、いまでは気安いみたいだ。メールで嬉しそうに連絡をとりあっている。
 原因はぼくにある。本当は知っているのだ。ぼくが自分の気持ちを素直に話さないから。親とうまくコミュニケーションがとれない。これはぼくの子供の頃からの欠陥だ。このまま「うまくコミュニケーションできない」ですますのか、どうにか改善していくのか。これ、実はすごく深刻な問題なのである。