新・不定点観測

赤星豊

不定点観測:特別篇 18年ぶりのデート(3)

 思い出話はパズルに似ている。お互いが断片をバラバラともっていて、「それがそこ」とか「それは違う」なんて言いながら1枚の絵を完成させる。完成させるまでの工程にこそ楽しみがあるのもパズルと同じだ。
 彼女は絵の骨格になるような重要なパズルのピースをたくさんもっていた。一方のぼくは、あのとき何を着ていたとか何を食べたとか、どうでもいいピースが多かった。でも、「どうでもいい」もののなかに面白い発見もあった。初めて岡山までバスで出かけたとき、ぼくは兄貴の服を着ていた。彼女が着ていた「ROPE」のTシャツもお姉さんのだったらしい。ふたりして精一杯、背伸びしていたというわけだ。
 
 もちろん、これまで会わなかった時期をお互いがどう過ごしてきたかも話した。彼女は人間的にすごく成長していると感じた。うちのオカンが脳梗塞をやったのとまったく同じ時期に、彼女のお父さんも脳梗塞で入院したという。そのときの彼女の話を聞いていると、三女の末っ子なのに長男みたいだと思った。ぼくは素直に彼女を尊敬した。

 夜1時すぎまで彼女と話した。最後は宇野港に車を停め、1時間ほど車のなかで話した。これじゃまるで昔のまんまだ。昔と違うのは、彼女がぼくをオトコとして見てくれていないことだろう。思えば昔からそうだったのかもしれない。お互いの思いに温度差がありすぎた。かつて彼女は「ずっと友達でいたい」とぼくに言ったそうだ。当然、ぼくは怒ったらしい。そりゃそうだ。でも、それは方便でなく、心からそう思ったのだと彼女は言った。この男は何をしでかすか分からない、そこが面白い。だから(被害の及ばない距離を置いて)ずっと見ていたいのだと。
 現在のぼくは、男として見られていないことに傷つくことはなかった。もう彼女はパンドラの箱じゃなかった。40歳を過ぎて、ようやく彼女が望んだ関係にぼくたちは落ち着けそうだ。それはその夜にぼくが望んでいたことでもあった。ぼくのことを誰よりも知る人と友達になりたかった。この倉敷で、何でも飾らず話せて、またそれを聞いてくれる人がぼくには必要だったのだ。その夜、彼女と別れた後にそう気づいた。

 それから2日後、東京からの帰りの新幹線のなかで彼女に電話した。プライベートで行った一泊二日の東京で、ぼくはチベットまで行って出家したろうかと思うぐらいヘコみまくってた。夜の10時すぎ、彼女は岡山駅まで車で迎えに来てくれた。
 途中に寄ったカフェで、クラムチャウダーを食べる彼女を前にして、ぼくは一部始終を話した。なぜこんなにヘコむにいたったかを包み隠さず。彼女はある部分では真剣に聞き、ある部分では笑い転げていた。「ほんまにバカじゃなあ」とあきれ顔で何度も言われた気がする。こっちが半ベソをかきそうになって話しているのにもかかわらず。でも、彼女の笑いと「バカじゃなあ」にどれだけ癒されたか分からない。少なくとも、チベットに行って出家せずにすんだ。彼女のおかげだ。

 空白の18年も、ぼくたちの間にはムダじゃなかった。この先、ぼくがよっぽどのことをしでかさない限り、彼女はぼくのことをずっと見ていてくれると思う。ぼくも適度な距離を置いて彼女を見ていきたい。ま、それを彼女が望んでいるかどうかは分からないけど。今度会ったとき聞いてみることにしよう。(次回から通常コラムに戻ります)